老後の「働きすぎて損」を防ぐ|在職老齢年金×税金×社会保険の“3つの壁”
一言で言うと:
老後の「働きすぎて損した気がする…」の正体は、在職老齢年金・税金・社会保険という3つの壁を知らないまま働き方を決めてしまうことです。
60代・70代でも、
- 「健康なうちは働きたい」
- 「年金だけじゃ不安だから、もう少し収入がほしい」
という人はどんどん増えています。
その一方で、
- 「働くと年金が減るなら、働かないほうがトクなんじゃ…?」
- 「シフトを増やしたのに、税金と社会保険でほとんど残らない」
- 「医療費の自己負担も上がるって聞くと、どこまで働いていいのか分からない」
こんなモヤモヤも、よく聞きます。
この記事で得られること・老後とどう関わる?
- 老後の「働きすぎて損」を生む3つの壁(年金・税金・社会保険)を、ざっくり一枚の地図のように理解できる
- 在職老齢年金の支給停止ライン(2025年度は51万円)が、実際に何を意味しているのかイメージできる
- 2025年からの「160万円の壁」など、税金まわりの最新の「年収ライン」の考え方を知ることができる
- 医療費の1割・2割・3割負担の違いを踏まえて、働き方を考える視点が手に入る
- 「損を避ける」だけでなく、自分なりに納得できる働き方・収入ラインを考えるヒントになる
老後の生活は、「年金+働く+資産+給付」の4本柱で考える時代。
この記事は、その中でも「働く」と「制度」の付き合い方にフォーカスした、基礎の整理編です。
※制度・金額は今後も変わる可能性があります。必ず最新情報は、公的機関(日本年金機構・国税庁・厚生労働省・自治体など)の公式サイトや窓口でご確認ください。
0.まず結論:「働きすぎて損」の正体は“3つの壁”の組み合わせ
よくあるイメージは、
- たくさん働くと、そのぶん年金がごっそり減らされる
- 少し年収が増えただけで、税金や社会保険でほとんど残らない
ですが、制度をよく見ると、
- 総収入(給料+年金)がマイナスになるケースはかなり限られている
- ほとんどの場合、増やした収入の一部はちゃんと手取りとして残る
それでも「損した気がする…」と感じやすいのは、次の3つの壁が重なりやすいからです。
- 在職老齢年金の“支給停止ライン”の壁
……「年金+給与」が一定額を超えると、老齢厚生年金の一部がカットされるゾーン - 税金の“非課税→課税”“税率アップ”の壁
……住民税・所得税がかかり始めたり、税率が一段上がるゾーン - 社会保険・医療費の“負担割合アップ”の壁
……保険料や医療費の自己負担割合が上がるゾーン
一言でいうと:
「働きすぎて損」の正体は、“3つの壁の手前・真上・向こう側”にいるのを知らないまま働いてしまうことです。
ここからは、それぞれの壁を「シニア世代目線でざっくり分かるレベル」に整理していきます。
1.第1の壁:在職老齢年金の“支給停止ライン”
1-1.どんな人に関係する制度?
在職老齢年金は、次のような人に関係する制度です。
- 老齢厚生年金を受け取りながら
- 会社員・パートなどで厚生年金保険に加入して働いている人
逆にいうと、
- 自営業+老齢基礎年金だけの人
には関係のない仕組みです。
1-2.どこから年金が減る?|2025年度は「51万円」が目安
65歳以上の在職老齢年金では、ざっくりいうと
- 基本月額(老齢厚生年金の月額)
- 総報酬月額相当額(給与+賞与の月割)
この合計が、支給停止調整額(2025年度は51万円)を超えた部分の半分だけ、老齢厚生年金がカットされます。
イメージでいうと、
- 合計が51万円まではセーフ(厚生年金のカットなし)
- 51万円を超えた分の半分だけ、老齢厚生年金から引かれる
※支給停止調整額は年度ごとに見直されます。最新の数字は、日本年金機構などの公式情報で確認してください。
1-3.かんたんイメージ例
たとえば、
- 老齢厚生年金:月10万円
- 給与:月45万円
の場合:
- 年金+給与=10万円+45万円=55万円
- 支給停止調整額51万円を4万円超えている
- この4万円の半分=2万円だけ、老齢厚生年金がカット
結果として、
- 年金は10万円→8万円に減る
- 給与は45万円そのまま
- トータルの収入は8万円+45万円=53万円
もし以前の給与が35万円だったなら、
- 以前:年金10万円+給与35万円=45万円
- 現在:年金8万円+給与45万円=53万円
→ 総収入は8万円増えているので、「働き損」ではないことが分かります。
1-4.在職定時改定で、将来の年金は少しずつ増える
65歳以降も厚生年金に加入して働いていると、「在職定時改定」によって、
働いた分の記録が毎年反映され、老齢厚生年金が少しずつ増えていきます。
つまり、
- 短期的には:「増えた給料の一部が年金から引かれる」
- 中長期的には:「将来の年金がじわじわ増えていく」
という両面があるので、在職老齢年金だけを見て
「だったら働かないほうがトク」と決めつけてしまうのはもったいない、というイメージです。
2.第2の壁:税金の“非課税→課税”“税率アップ”ゾーン
2-1.年金と給料にかかる税金のざっくり構造
65歳以上の公的年金には、公的年金等控除と基礎控除があり、
一定額までは所得税・住民税がかからない(またはごく少ない)優遇があります。
一方で、給料には給与所得控除があり、これを引いた残りに対して、
- 所得税率 5% → 10% → 20% …
といった段階的な税率がかかります。
2-2.「壁」を感じやすい具体的なタイミング
シニア世代で「税金の壁」を感じやすいのは、次のようなときです。
- 住民税・所得税がゼロ→発生し始めるとき
年金+給与の合計が増え、控除額を超えたタイミングで、
「去年までは税金ほぼゼロだったのに、今年からしっかり引かれる」状態になる。 - 所得税率が一段上がるとき
課税所得が一定額を超えると、税率が5%→10%などに上がり、
「去年より働いたのに、手取りの増え方が鈍く感じる」ことがある。 - 配偶者控除・扶養控除などが縮むとき
本人や配偶者の所得が増え、控除額が小さくなることで、実質的な税負担が少し増える。
2-3.2025年スタートの「160万円の壁」とは?(ざっくりイメージ)
2025年の税制改正では、いわゆる「103万円の壁」を見直し、
給与収入ベースで最大160万円まで所得税がかからないケースが出てくる仕組みが導入されています。
イメージとしては、
- 基礎控除や給与所得控除などの見直しにより
- パート・アルバイトなどの給与収入が160万円前後までは、所得税がかからない範囲が広がった
というもので、「少し多めに働いても、すぐに所得税でごっそり持っていかれないようにする」ことが目的です。
ポイントは、
- あくまで所得税の話であり、住民税や社会保険の「壁」とは別であること
- 年齢・世帯構成・配偶者の有無などによって、実際の影響は変わること
老後にパートで働く人にとっても、「どこまで働いても大丈夫か」の目安が少し広がった制度改正と言えます。
なお、「160万円の壁」については、別の記事でより詳しく整理していく予定です。
2-4.「税金が増える=必ず損」ではない
ここで大事なのは、
- 税金は「増えた収入の一部」にかかるもの
ということです。
- 年収が増えれば、もちろん税金も増えますが、増えた分すべてが税金で消えるわけではない
- 多くの場合、手取りは少しでも増えている(ただ「増え方が鈍い」ため損したように感じやすい)
老後は、「税金をゼロにする」ことがゴールではなく、
- 税金も含めてトータルで納得できる働き方・収入ラインを探すことが大切
と考えると、気持ちがかなりラクになります。
3.第3の壁:社会保険・医療費の“負担割合アップ”
3-1.60〜70代でも続く「社会保険料」
60〜70代で働くと、
- 健康保険料
- 介護保険料
- 雇用保険料
といった社会保険料は、基本的に給与に比例して増えていきます。
かつては高年齢労働者の雇用保険料が免除される経過措置もありましたが、
現在は64歳以上でも原則として雇用保険料がかかる仕組みになっています。
つまり、「高齢だから社会保険料は安くなる」わけではない、ということです。
3-2.75歳以上は医療費の「1割・2割・3割」のライン
75歳以上になると、後期高齢者医療制度の対象になります。一般的なルールは、
- 原則:1割負担
- 一定以上の所得:2割負担
- 現役並みの所得:3割負担
という3区分です。
「所得が一定ラインを超えると、自己負担が1割→2割、あるいは2割→3割に増える」という仕組みになっています。
そのため、
- 収入アップ → 医療費の自己負担もアップ → 「結局あまり残らない」と感じる
という構図になりがちです。
3-3.「保険料+医療費」も含めた“安心料”として考える
社会保険・医療費については、
- 月々の保険料だけを見て「高い」と感じるか
- 将来の医療・介護への備えも含めて「安心料」と捉えるか
で、印象がだいぶ変わります。
もちろん、負担が重すぎて生活が苦しくなるのは本末転倒です。
でも、「ある程度の保険料は、安心して働き続けるための必要経費」と考えられると、
「働き損」という感覚は和らぎやすくなります。
4.3つの壁をどう使う?|老後の働き方を設計する3ステップ
ステップ1:自分の「今の立ち位置」を見える化する
ステップ2:自分に関係しそうな「壁」をピックアップ
- 厚生年金に加入しながら年金をもらっている人
→ 在職老齢年金の支給停止ライン(2025年度は51万円付近) - 年金+給与でそこそこの収入がある人
→ 住民税・所得税がかかり始めるゾーン/税率アップのゾーン/2025年以降の「160万円の壁」など - 75歳以上、または近い人
→ 医療費1割→2割・3割の切り替えライン
「自分はどの壁の手前・真上・向こう側にいるのか?」を把握しておくだけでも、
働き方の判断がかなりしやすくなります。
ステップ3:家族や専門家と「納得できるライン」を決める
- パートナー・子ども世代と、生活費・働く時間・健康状態・将来の希望を共有する
- 必要に応じて、年金事務所・税務署・社会保険労務士・税理士・ファイナンシャルプランナーなどに相談する
- 「在職老齢年金のライン」「医療費の負担割合」「税率の段階」「160万円の壁」といったキーワードを持って相談すると、話が具体的になりやすい
制度的に一番トクな働き方だけを追いかけるよりも、
自分と家族が納得できる働き方・収入ラインを見つけるほうが、長い目で見て満足度は高くなりやすいと感じます。
5.関連する制度の詳しい記事
- 老後の収入を“設計”する|年金+働く+資産+給付の4本柱(全体像)
- 在職老齢年金制度|働くと年金が減る?「支給停止」の条件を一発で整理
- 高年齢雇用継続給付|60歳以降の賃金ダウンを補う条件と注意点
- 65歳前後で変わる失業給付|基本手当と高年齢求職者給付金の違い
- 年金生活者支援給付金制度|対象・申請・“もらえるのに0円”を防ぐチェック
また、2025年からの「160万円の壁」については、
今後、別記事でより詳しくまとめる予定です。
この記事のまとめ|「損を避ける」より「納得して働く」ために
- 老後の「働きすぎて損」は、在職老齢年金・税金・社会保険という3つの壁を知らないと感じやすい
- 在職老齢年金では、年金+給与が支給停止ライン(2025年度は51万円)を超えた分の半分だけ厚生年金がカットされるが、総収入がマイナスになるわけではない
- 税金や医療費の負担が増える“変わり目”はあるが、増えた収入のすべてが消えるわけではない
- 2025年からは「160万円の壁」も登場し、一定の範囲までは以前より柔軟に働きやすくなっている
- 手取り・時間・健康・安心をセットで見ながら、「自分はいくらくらい稼げたら安心か?」を考えることが大切
- 公的情報を確認しつつ、家族や専門家と話し合いながら、自分なりの正解ラインを決めていくことが、明るい老後につながる
参考資料・リンク
- 日本年金機構「在職老齢年金のしくみ」
- 厚生労働省「在職老齢年金制度の見直しについて」
- 厚生労働省「後期高齢者の医療費の窓口負担割合の見直し」
- 厚生労働省「後期高齢者医療制度における窓口負担割合のイメージ」
- 厚生労働省「医療費の自己負担割合の概要」
- マネーフォワード「160万円の壁とは?2025年最新税制の変更点・扶養・手取りを解説」
- 三菱UFJ銀行「160万円の壁とは?103万円の壁からいつ変わる?メリット・注意点」
- ライフプラン・シム「税金の年収の壁の引上げ」
免責事項
本記事は、公的機関等の情報をもとに執筆した一般的な解説であり、特定の働き方・商品・サービスを推奨するものではありません。また、お読みの方それぞれの状況に応じた個別アドバイスではありません。具体的な年金・税金・社会保険・雇用契約・医療費負担については、必ず日本年金機構・年金事務所・税務署・社会保険労務士・税理士・ファイナンシャルプランナー・医療機関やお住まいの自治体窓口などにご相談ください。
更新履歴
- 初版公開:2025年12月22日
